Ishibashi 石橋国際シンポジウム

近代日本美術と中国

シンポジウム趣旨

近代に於いて日本・中国文化交流が盛んであったことは今では通説となりつつある。美術の分野ではこのテーマを扱った文献にジョシュア・ A. フォーゲル (Joshua A. Fogel) 編『近代中国美術における日本の役割』(The Role of Japan in Modern Chinese Art、カリフォルニア大学出版、1912年)があるが、これは2007年の国際会議の成果である。今回のシンポジウムはこの企画に多く由来している。

 

実際、19世紀半ばから20世紀初めにかけて、多くの日本人が訪中し、中国側からも学者や留学生が来日、日中共同での展覧会も行われ、美術団体も結成された。同時に、美術品を含む多数の中国文物が日本へ輸入された。両国間の交流は、1930年代半ばから衰退を余儀なくされたものの、戦時中に於いても完全に凍結したことはない。こうした日中交流が中国での美術とその制度の発展に大きく貢献したことは、近年少しずつ明らかにされて来た。

 

それでは逆に、近代日中交流は日本美術の発展においてどの様な役割を果たしたのだろうか? これが、「近代日本美術と中国」と称した今回のシンポジウムのテーマである。

 

私見ではあるが、このテーマについては未だ纏った研究はなされていないのではないだろうか? その原因の一つは、前近代に長く続いた日本の「中国への憧憬」は、19世紀半ばから欧米(美術の場合は特に欧州)へのそれととって変わったという見解であろう。加えて、日本・中国間の文化的関係を日本帝国主義のみの立場から考察した場合、この「中国を離れ西洋に傾いた」との見方は一層強化されることが多い。しかし、こうした欧米のみを拠り所とした近代という概念は、少し単一的すぎるのではないだろうか? むろん、西洋化は確実に行われた。 ただ問題は、欧米を中心とした視点のみから近代日本美術の発展を考える時、中国美術(ひいては、中国そのもの)は一遍して過去、即ち前近代の遺物であった様に映りがちである。

 

このことは、近代における日本・中国美術交流や中国文物の輸入の研究が進みつつある中、当然のことながら疑問を投げかける。更に、こうした近代交流の基盤となった前近代に於ける日本文化の中国志向という長い歴史もある。そうした事実を考慮に入れると、西洋への傾倒だけを重視した近代日本美術の見解は、大きく見直しを強いられているのではないだろうか?

 

そこで、今回のシンポジウムでは中国及び中国美術がどの様に近代日本美術の展開を促したか、という事を考えたい。こうした試みは、日本美術への理解を深めるのみならず、中国美術を近代の歴史上しかるべき位置に据え直す一歩となるのではないだろうか? また、これまでの研究成果を踏まえた上で、日中文化交流はどの様に日本及び中国美術に相互のメリットをもたらしたのだろうか? 近代に於ける日本・中国間の繋がりは、双方に共通した「東洋美術」という美術史観を促したのではないだろうか? 更に、この会議も含め、「国家」と言う枠組みを超えた文化の繋がりを考える試みは、所謂「世界美術」の概念、特に帝国主義時代のそれに対し、どの様な見方を提唱するのだろうか?

 

このシンポジウムでの論点は以上に留まらない。ただ、これがその出発点となれば幸いである。

 

(前田 環)